年末回顧 2012(県内・出版)

琉球新報 2012年12月25日 朝刊 文化面 掲載
宮城一春(編集者)

300冊、下半期に勢い 県産ノンフィクション台頭

今年、刊行された沖縄本は約三百点。印象として上半期は低調感があったが、下半期から面白さ、独自性、内容の濃い書が連続して発刊された。大型企画本はなかったが、充実した一年だったといえるだろう。

今年、質・量ともに突出した内容だったのが琉球新報社。中でも「山田實が見た戦後沖縄」は、記者が丁寧に取材し、山田實が経てきた時代の重さや経験の深さを見せてくれる。平易な語り口調や、時代背景を解説する脚注、そして山田實の世界を効果的に見せてくれる写真の数々。今年を代表する秀逸の書であった。「呪縛の行方」も、普天間移設問題を取り上げ、鳩山由紀夫元首相へのインタビューや守屋元防衛事務次官の日記など、新聞社ならではの紙面展開で、普天間基地問題が構造的差別であると踏み込んだ一冊。また「ひずみの構造」は、基地が沖縄の経済へ与える影響を徹底的に取材し、その歪んだ構造と基地経済神話の幻想などを解き明かしている(三冊とも琉球新報社編)。

また、森山和泉「ひなとかのんのおひさま日記」は、双子の姉妹の日常を漫画と文章で表現し、理解されにくい発達障がいのある子どもの生活ぶりを母親の目を通して優しくわかりやすく描いている。より理解を深めることができることを示してくれた。この四冊だけをみても、圧巻の出版活動であったといっても過言ではないだろう。

具志堅隆松「ぼくが遺骨を掘る人『ガマフヤー』になったわけ」(合同出版)も印象に残る。沖縄戦の負の遺産とでもいうべき戦没者の遺骨。それをコツコツと収集を続ける具志堅氏の収集活動を始めたきっかけやその後の経緯、そして現在の状況などを描いているが、具志堅氏の語りかけるような文章が心に染み入る。淡々とした中に鎮魂の気持ちや怒りがあり、遺骨の状況などは客観的に教えてくれる。大人だけではなく、児童・生徒にも是非読んでほしい書である。

ボーダーインクは今年も堅調な出版活動を展開した。新垣譲「勝利のうたを歌おう」は、東京のリングに立つ六名の沖縄人ボクサーを取材してまとめた本。具志堅用高世代とは異なる沖縄人の心境と環境の変化が、過酷なスポーツに身を投じた若者たちの肉声を通して心に響いてくる。梅崎晴光「消えた琉球競馬」は、今では消えてしまった歴史の一断片を丹念に掘り起こした書。記憶には残っているが、記録の少ない琉球競馬。中でも名馬と呼ばれた馬を追いかけていく姿は圧巻。この2冊は、県産ノンフィクションの代表作となるであろう。

他に上原直彦「うちなぁ筆先三昧」で自身にまつわるさまざまなできごとや記憶の中から自由自在に遊んでみせる。エッセイの面白さを教えてくれる書。比嘉淳子「幸せを呼ぶおきなわ開運術」は、日常生活の中で行いたいと思っていても教えてくれないようなおまじないや、各地の開運スポットを紹介した。

地域誌では宜野湾市教育委員会文化課「ぎのわんの地名」(宜野湾市)が絶品。詳細な地名解説と、今は基地となった場所などにあった民家や店などの位置が細かく記されている。公的機関による地域の記憶の掘り起しがいかに大切であるかを教えてくれた。また、加藤久子「海の狩人沖縄漁民」(現代書館)は、糸満漁民の生活ぶりや歴史の流れ、経済活動からみた糸満漁民の真の姿が描かれている。取材対象者と緊密・真摯に向き合う姿勢で、糸満売りの実態、海の祭祀などが展開され、糸満漁民の社会構造を解き明かしてくれた。

自然関係では、奥土晴夫「波照間島の自然」新星出版)。単なる図鑑とは一線を画し、きちんと自然に向き合った者でなければ表現できないキャプションが波照間への愛情を感じさせた。仲間勇栄「島社会の森林と文化」(琉球書房)は、五百六十六ページの大著で沖縄の森林文化の多様性や形態、特徴を書き表している。

大田静男「とぅばらーまの世界」(南山舎)も特筆すべき書。八重山を代表する民謡とぅばらーまの持つ詩的な世界に誘ってくれる。CDで歌を味わい、文字で堪能できる好著。拙著「城間德太郎一人語り絃聲一如」は、三線好きの少年が芸を磨き、人間国宝になるまでの過程や芸能論など、わかりやすい筆致で描いたと評価された。毎年旺盛な筆力を見せる与並岳生は今年も「島に上る月」(新星出版)、「沖縄記者物語一九七〇」(琉球新報社)で健在ぶりを見せてくれた。海野文彦「復帰前へようこそ」(新星出版)は復帰前の世相を写真で展開し、復帰前の状況を覚えている方々には懐かしさで満載の書であった。

他には、安仁屋政昭監修「基地の島コンパクト事典」(沖縄文化社)、沖縄タイムス社「この島のものづくり」、加藤政洋「那覇戦後の都市復興と歓楽街」(フォレスト)東洋企画「別冊モモト丸ごと一冊うるま市」、瀬戸口律子「『琉球官話』の世界」(榕樹書林)、嘉手川学「古食堂味巡り」(東洋企画)、文:金城勝也・金城けい子・絵:磯崎主佳「ディキランヌーワラビかつや」(沖縄時事出版)などが印象に残った。(敬称略)

(琉球新報社提供)

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