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普段は見えざる彼岸を垣間見たような、一瞬、異界を覗いて戻ってきたかのような、奇妙な感覚が残る。

[ 大森一也(写真家・編集者) / 2014.10 ]

2014年07月発行
矢口清貴 著
窓社 刊
大型本/60ページ
2,800円(税抜)
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マブイ 魂は廻る

矢口清貴 著

消え入りそうなほど暗い画面にうっすらと浮かび上がる夜の渚。存在感で画面の枠からはみ出しそうなテトラポット。宇多良炭鉱跡の煉瓦を飲み込んでいくガジュマルの根。誰もいない集落の午後の道……。

収録されているのは、赤外線フィルムで切り取られた八重山の風景を主体とした密度の高い32点のモノクロ作品。目にした後、見馴れた八重山の風景をそれまでと一変させるような力を持っている。日常のなかで普段は見えざる彼岸を垣間見たような、一瞬、異界を覗いて戻ってきたかのような、奇妙な感覚が残る。それは、赤外線フィルムの視覚的効果ゆえに非日常的な印象を受けるというのではなく、可視光線では捕らえきれない波長域で、作者の心は異界の湧泉を確かに探り当てているのだろう。まず南の島のイメージありきの色鮮やかな観光写真とは一線を画す、哲学的な瞑想を誘うファインアートの気品が感じられ、暗部の諧調の美しさを引き立たせた作者のプリントワーク、そして印刷レベル、造本の質の高さも特筆ものである。

暗がりや黄昏時など、低感度の赤外線フィルムではシャッタースピードがスローになる光景も多いが、それがよい。雲が流れ、草がなびき、鳥が羽ばたき、旗がはためき、そこに風が、時間が、そして定まった形象をもたない目に見えない「何か」が写りこんでいる。その「何か」が、見る者を魂の此岸(しがん)から彼岸(ひがん)へと誘うのだ。

未知の世界を体験することには驚きがある。他者の目や心を介して世界を追体験し、未知ではないと思っていた見慣れた風物や日常に驚くことがあれば、それは、自分のなかに世界をとらえる新たな視点が加わったということにほかならない。本書は眼に見えない世界の大きさを想像し、生死を超越した魂の輪廻に思いをめぐらす作者の心が、八重山の風景と深く共振することによって生み出された、格調ある、そして驚きに満ちた一冊だ。

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